精神科病床は、「精神疾患の治療」のためのみに作られてきたわけではありません。多くの役割を担って(というより担わされて)います。
Edwaldsの理論
エドワルズ(1964)によれば、精神病床の機能を「社会防衛」「治療とリハビリ」「収容ケア」の3つにあると規定しました。以降、その考えが踏襲され、名前を変えながらも、似たような役割が解釈されています(参考:FUNCTIONS OF THE STATE MENTAL HOSPITAL AS A SOCIAL INSTITUTION)
社会防衛:public safety and the removal from society of indivisuals exhibiting certain kinds of society disruptive behaviour
収容ケア:the provision of custodial care for persons who by reason of mental disorder, cannot care for themselves or be cared for elsewhere
治療とリハビリ:Treatment and rehabilitation
Discharged from Mental Hospitals 一部書き加え
社会防衛
社会防衛的な入院とは、自傷他害の恐れがある患者に対する、公安的な役割の入院となります。病院外の社会に影響を与えないように管理することを目的としています。
治療とリハビリ
「治療とリハビリ」こそが本来の(一般的な)「病院」としての役割です。患者の治療を目的とします。病状回復が第一の目的となります。在院期間も短いことが多いです。「治療とリハビリ」こそが、本来の病院の最たる役目で、最も大事にしなければいけないことでしょう。
収容ケア
収容ケアとは、「入院により本人や家族の負担を減らす」ことです。社会福祉的機能と言えます。精神科疾患患者にとって、自宅での生活が困難なことがあります。またその家族にとって、患者のサポートは負担(時間的にも金銭的にも)なこともあります。病院はそれらの補助を担います。本人のサポート的な役割もあるため、在院期間は長いことが多いです。
ただ、これら3者の役割は必ずしも明確に分けられるわけではありません。例えば、下では「措置入院」は「社会防衛機能を持つ」と書きますが、「措置入院の主な機能が「社会防衛」機能であって、「措置入院」は「治療」「収容ケア」の機能も併せ持ちます。
理論を精神科病院の現状で捉える
精神科以外の病院の入院形態
そもそも、医療サービスというものは
- 医療従事者が必要だと思う医療サービスを提示して
- 患者がその医療サービスを受けたいと意思表示(承諾)すること
で成立します(インフォームドコンセント)。医療者側が患者の同意なしに勝手に治療することはあり得ませんし、逆に患者が希望すればどんな治療でも受けられるわけではないです。
精神科におけるこのような「提示と承諾」による入院は「任意入院」といえます。
任意入院・・・医師が治療のために必要と判断した場合に、ご本人の同意のもとに行っていただく入院。
松沢病院HP
ただし、一つ注意が必要なことは、「任意入院」は「自由入院」ではありません。
自由入院とは、精神海外の科でよくある「普通の形態の」入院です(消化器の手術のための入院など)。この自由入院では、「自由に」退院することができます。例えば、自由入院では「患者自身が手術を受けたくなくなってきたから帰ります」とか「病院の人の態度が気にくわないので帰ります」ということもできます。自由に退院できるのです。
しかし、任意入院では、精神保健指定医が「あなたは帰ってはいけない」と言うと、一定期間(72時間)患者は退院することができないという制限があります(指定医診察の結果、入院が必要と判断された場合は72時間に限り退院させないことができる)。
社会防衛
現在の入院制度的に言えば、「措置入院」や「緊急措置入院」が、特にこれにあたります。
措置入院・・・精神疾患があり自傷他害のおそれがある場合で、知事の診察命令による2人以上の精神保健指定医の診察の結果が一致して入院が必要と認められたとき、知事の決定によって行われる入院です。
緊急措置入院・・・精神疾患があり自傷他害のおそれがある場合で、正規の措置入院の手続きがとれず、しかも急速を要するとき、精神保健指定医1人の診察の結果に基づき知事の決定により72時間を限度として行われる入院です。
松沢病院HP
(一般的には緊急措置入院は精神科医師が少ないとき(主に土日)におきます。精神科医師が2名異常になったときに、措置入院の手続きを行ない、そちらに切り替えることが多いです。)
歴史的には、古くは、精神科病床の一番の目的はこれであったと思います。精神科疾患への理解が進まない時代、精神科疾患は「狂気」「癲狂(てんきょう)」「ものぐるい」と捉えられ、恐れられてきました。そのような存在を社会から追い出そうとする役目が精神科病院にあったことは否定できません。(参考:精神科医療の日本史)
治療とリハビリ
上記の通り、言わずもがな、病院として最も一般的重要な役割になります。(この役割が占める割合が最も高いのが「任意入院」でしょうか。)精神科入院について、どのような入院形態でも、治療とリハビリこそが、最も大事です。
ただ、上記Edwalds(1964)以前は、「治療とリハビリ」が主な役割では無かったことも事実です(Discharged from Mental Hospitals)。海外でも、精神科患者が、「ただ収容されるだけの存在」であった時代もあります。(参考:精神科医療の世界史)
収容ケア
収容ケアは現在の入院制度的に言えば、「医療保護入院」「応急入院」と考えると理解しやすいです。
医療保護入院・・・患者さんご本人の同意がなくても、精神保健指定医が入院の必要性を認め、患者さんのご家族等のうちいずれかの方が入院に同意したときの入院です。精神保健福祉法に基づく家族等とは、次のような方です。① 配偶者② 親権を行う者③ 扶養義務者(直系血族、兄弟姉妹又は3 親等内の親族で家庭裁判所が選任した者)④ 後見人または保佐人
応急入院・・・患者さんご本人またはそのご家族等の同意がなくても、精神保健指定医が緊急の入院が必要と認めたときに、72時間を限度として行われる入院です。
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どちらの入院形態も、患者の同意があるわけではないですが、以下のような要請の下、入院を行います。
- 家族の求めに応じて(医療保護入院)
- 患者の状態が明らかに悪いとき(応急入院)
入退院の手続き上の大きな違い
以上まとめたように、精神科の入院は主に以下の三つが当てはまります。
- 任意入院:本人の意思
- 医療保護入院:家族の求めに応じて
- (緊急)措置入院:自傷他害の恐れがあるとき
退院のしやすさは段違い
この3種類の入院形態について、退院のしやすさは段違いです。(上から順に退院は容易です。)
任意入院の退院は圧倒的に楽です。本人から退院の申し出があれば退院となります(精神保健福祉法第22条の3)。
逆に、医療保護入院・措置入院の場合は退院のハードルが一気に上がります。「精神医療審査会(精神保健指定医,弁護士,他の学識経験者5名で構成)」による審査を受けてクリアされなければなりません(精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第12条)。医療保護入院・措置入院は何らかの事情(自傷他害や家族の負担増など)が理由になっているため、入院へのハードルが高くなっているのです。
入院時のチェックもある
このように医療保護入院・措置入院はある意味、「入院したら退院が難しくなり易い」制度でもあります。悪用されかねません。(事実、ソ連では昔、反政府の人間を精神科病棟に閉じ込めた歴史もあります。精神科医療の世界史)
そのため、医療保護入院・措置入院が「本当に適切になされたか?」という外部からの審査も行なわれます(「精神医療審査会」)。
社会的入院
社会的入院とは
精神科の入院を語る上で、必ず話題となるのが「社会的入院」です。精神科独特の単語になります。上記入院形態とは全く別の言葉です。精神科の病床数が多いことへの批判の際に話題となります。(詳細は→日本の精神科病床の現状と課題)
社会的入院とは主に、「治療のためではない長期入院」のことです。精神疾患患者が、医学的には入院の必要が無いにもかかわらず、生活上の都合により、入院生活を続けることを言います。
注目される社会的入院のデメリット
社会的入院にはデメリットがかなり注目されています。
- 医療費がかかる
- 患者が病院依存になる(社会性が失われる・自立した生活を送るための能力が低下する)
病院に長期間いることで、家族や友人とふれあう機会を喪失したり、病院に依存してしまうことや、医療費がかさむことは証明されています(参考→Atkinson & Hilgard’s Introduction to Psychology, 16e)。
社会的入院への批判
精神科入院の多くの割合を、社会的入院が占めています。そして、精神科病床について、「日本の精神か病床は多すぎる、減らすべきだ」と言われています。そして、「この社会的入院は医療財政を逼迫するだけでやめるべきだ」とされています。(詳細は→日本の精神科病床の現状と課題)
社会的入院は安易に減らすべきではない
ただ、社会的入院は安易に減らすべきではないと私は考えます。その理由としては、精神科病床の役割として、「収容ケア(入院により本人や家族の負担を減らす)」があるからです。
精神科患者を取り巻く環境は、決して楽な環境ではありません。自宅で介護が難しい場合なんてごまんとあります。そのような家庭がある中で、安易に社会的入院を廃絶して、退院させたとしても、家庭内で虐待を受けたり、必要な医療サービスを受けられなくなることもあります。
「とりあえず精神科病床を減らせ」として減らしたアメリカでは、浮浪者が増加しました(→海外の精神科病床削減の歴史と現在・日本への応用)。そのため、「何でもかんでも減らせば良い」というわけではないと考えられます。
社会が精神疾患患者を受け入れる下地ができてから、もしくは受け入れられるシステムができた後に、社会的入院から地域包括ケアへと移行していくべきでしょう。