精神科病院・医療制度の歴史と考察

日本の精神科病床の現状と課題

今回は日本の精神科病床の現状と課題について書いていきます。

OECDの指摘・日本の精神科病床の現状(圧倒的病床数)

日本の精神科医療体制の特異性はOECDに指摘されています。まずは、以下の報告書に目を通しましょう。(→https://www.oecd.org/els/health-systems/MMHC-Country-Press-Note-Japan.pdf

  • 精神科病床が多い(2011年段階で、人口10万人あたりの精神科入院者数がOECD加盟国の平均が68床なのに対して、日本は269床)
  • 自殺者数が多い
日本の病床数は圧倒的に多い!(左)
グラフはOECDのサイトより

このベッド数の多さの要因として、「長期入院」が挙げられています。
つまり、「精神疾患の患者さんが、長期にわたり入院しているから、入院ベッド数が増えている」というものです。(他の国では、長期にわたり入院することはなく、家に帰されたり、他の施設に移動している。)

厚生労働省発表の「長期入院精神障害者の地域移行に向けた具体的方策の今後の方向性」https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/0000051136.html曰く、「1年以上の長期入院精神障害者は20万人(入院中の精神障害者全体の約3分の2)」とされています。つまり、長期入院している患者さんが、かなりの数いるということです。

人口10万人あたりの精神科入院者数が日本は269床のうち、長期入院でない人はその1/3になります。長期入院患者数を除いた1/3を考えれば、およそ90床になります。OECD加盟国平均68床と大分近い値になります。(それでもまだ多いですが。)

病床数を減らすんだ!2004年頃からの取り組み

日本の精神科病床数の多さは、異例すぎて(異常に多いことで)、かなり(悪い意味で)有名です。全世界の精神科病床の約2割が日本にあるとも言われます。そんな数多ある病床数を減らす手っ取り早い方法としては、「長期入院を減らすことで、日本の精神科病床を減らせばいいんだ。」そういうわけで、2004年には「精神保健医療福祉の改革ビジョン 」https://www.mhlw.go.jp/topics/2004/09/tp0902-1.htmlなんてものを出しています。

これは世界のスタンダードにも一致しています。「長期入院するよりも、地域で精神科患者を受け入れるべき」というのが世界のスタンダードです。(誰だって病院に閉じ込められるより、家で暮らしたいものです。生活基盤がちゃんとあれば。)

改善はしているものの、なかなかうまくいっていない現状

在院日数は大幅に減少(それでも長い)

福岡市医師会医療情報室

精神科病床への在院日数は、治療法の発達や、長期入院抑制への働きかけで、大分減っています。しかし、それでもなお、世界に比べるとあっつて期に長いことはグラフから読み取れます。

病床数は若干のみの減少

ただ、病床数減少については、なかなかうまくいっていないのが現状かと私は考えます。

2004年頃から、「精神科病床を減らそうとしていますが、結果はどうでしょうか。2018年の報告(「第1回精神保健福祉士の養成の在り方等に関する検討会https://www.mhlw.go.jp/content/12200000/000462293.pdf」では「精神病床の入院患者数は過去15年間で減少傾向(約32.9万人→28.9万人【△約4万人】」とされています。およそ2004年頃から15年経って、精神科病床の1割を削減できたという所でしょうか。

福岡市医師会医療情報室

入院費用の経済の圧迫

2004年度、日本の精神科医療経済について書くと

  • 精神科医療にかかった費用は1兆8281億円
  • うち、1兆3699億円が入院費(さらにそのうちの9割が私立精神病院)
  • 精神科関連福祉の費用は389億円
  • そのうち、在宅福祉費用は58億円

在宅医療にかかる費用はとても少なく、入院費用がかなり工学であることが読めます。

すすみゆく高齢化

精神科に長期間入院されている方の高齢化も進んでいます。
精神科長期入院患者の多くは、精神科特例が出されたころから入院されていたりするので、かなり高齢化が進んでいるのです(参考)。

そもそも解決できるものかは疑問

僕は、まだこれからもなかなか、病床数は改善されないと考えます。なぜかと言えば、「病床数が多いにしてもそれなりに理由があるから。」

例えば、「明日、病床数を半分にします。」といわれても、多くの人は困ります。なぜなら、病院を退院した後の生活基盤を容易に作ることはできないからです。(病院以外に行く宛てのない人がとてもたくさんいるから。)

例えば、アメリカでは無理矢理病床数を減らして、浮浪謝が大量に発生しました(参考:海外の精神科病床削減の歴史と現在・日本への応用)。それでは元も子もありません。

病床数が減らせない理由

一般的に言われている理由としては、以下がよく言われています。

  • 多くの長期入院患者は既に高齢化している
    既に長期入院しているため、社会復帰が容易ではない
  • 患者の受け皿となる施設や地域サービスの整備は進んでいない
  • 私的経営の病院が多い

社会復帰が容易ではない

病院に長期間いることで、家族や友人とふれあう機会を喪失したり、病院に依存してしまうことや、医療費がかさむことは証明されています(参考→Atkinson & Hilgard’s Introduction to Psychology, 16e

精神科病床の機能と役割(理論と入院形態)・社会的入院

長期入院することで、病院依存性が高まり、なかなか退院できなくなることは、容易に想像できます。今日になって、「病床を減らそう」としても、「何を今更無理ですよ」となってしまっているのが現状です。

患者さんも高齢化していたりします。そうなると、「今更家に帰れない」ということもあります。「家族が誰か面倒を見れば」と言っても、患者さんは長期間入院していたわけですから家族と疎遠なことも多く、なかなか家族に受け入れてもらうことも難しかったりします。

患者の受け皿となる施設や地域サービスの整備

これまで、「病床数を減らすのに成功してきた国々」では、社会復帰しやすい環境を作ってきています。(参考:海外の精神科病床削減の歴史と現在・日本への応用

ただ、それには、社会の納得が必要不可欠です。日本社会では、精神疾患への差別や偏見はまだあり、容易ではないと考えられます(参考:精神疾患への差別や偏見~事件と法改正の観点から)。

私的経営病院が多い

日本ではその歴史的経緯から、私立病院の精神科が多いです。そして、そういう病院では、適切な医療サービスが困難であることも多いです(参考:(精神科比較)キレイな病院とキタナイ病院(大学・公立・私立病院))。ただ、私立病院を一方的に潰すこともできません。必要悪とされていることもあり、なかなか病床数は減らせない現状です。

まとめ

問題は山積しており、病床数をすぐに減らすことは難しいです。
ただ、病床数を減らすことのみを考えるのではなく、入院患者がどうやったら地域に戻っていけるか。そういう空気を作り上げることができるか。各個人が考えていくことが大事です。