精神疾患と「症候学」の重要性
症候学は精神疾患の診断に必要
「精神疾患を疑う患者さん」を診察する上で、「(精神疾患)症候学」は必須なものです。その理由を理解するには、まず、「精神疾患とは何かということを理解しておく必要があります。
まず、「精神疾患」とは「いずれかの精神領域の異常(精神症状)を系統的にきたし、本人や周囲が困難を抱えた状態」のことを言います。つまり、「精神疾患」には2つの要素があります。
- 精神領域の異常がある(例えば、「気分・感情の異常=抑うつ状態」など)
- (精神領域の異常が原因で)本人や周囲が困難を抱えていること(精神状態に異常があっても、誰も困ってなければそれは精神疾患とは言いません。誰かが困って初めて、「精神疾患」になります。)
つまり、精神科疾患の診断の上では「①:精神領域の異常を確認すること」「②:①が原因で誰かが困っていること」が必要条件になります。この「①精神領域の異常」こそが症候学で必要となる知識になります。①を正しく判断するためには症候学は必須と言うことです。
症候学はとても難しい
精神症候学はとてつもなく難しいです。まず、精神科でしか用いないような単語が膨大にあります。下手をすると(やみくもに症候学を学ぼうとすると)、「症候学を学ぶこと=辞典の丸暗記」とさえもなってしまいます。
一般的に、医学部学生の間は「大まかな考え方」「大まかな分類」「代表的用語」を知っておきなさいとなることが多いです。
精神科における診断と症候学
精神科診察における「大まかな考え方」
ざっくりと大まかな精神科の考え方は、「人間は精神機能の集合体である+精神科医療従事者はその機能を分類して診る」というものです。もちろん「人間(の精神)は複雑なもの」ですが、それを要素ごとに分類して診てみようというのが精神科での試みです。
具体的な診察:診断時に症候学が活きてくる
精神科で行なわれている診察・治療の流れを具体的に書いてしまえば、精神科以外の診療科と流れは同じです(問診でより多くのことを聞いたりと違いはありますが)。
- 問診:患者さんの情報を集める(主訴や現病歴や患者さん故人の話等を集める。できれば患者の家族や第三者からの意見もある方が望ましい。)
- 検査:身体所見やそのほかの検査
- 診断
- 治療
この「診断」の際に、「症候学」が活きてきます。
症候学がないと話にならない
症候学について「精神科でしか用いない」「辞典の丸暗記になることも」と言われると「なんでそんな面倒なことをするんだ」と思いがちですが、この症候学はとてつもなく重要です。例えば、「患者さんが急に騒いでる」ことを考えましょう。この「騒いでいる」には様々な状態が考えられます。
- 統合失調症の幻覚・妄想が起きて、まとまった会話ができていない
- 躁状態にあって多弁になっている
- せん妄になっている・・・など
一言に「騒いでいる」と言っても様々な状態があります。ここでより正確な言葉を用いなければ(曖昧な言葉を用いてしまうと)、誤った診断・治療方針につながります。精神疾患は、一度診断がなされてしまうと、その診断を覆すことは容易ではありません。診断を覆すだけの診察が難しくなるからです。
例えば、精神疾患の診断がなされ、薬物治療が始まったとしましょう。薬物治療が始まってしまえば、その薬を止めることも容易ではありません(:薬を止めて何か問題になっては困るからです)。例えば、患者さん当人が本来は精神疾患では無かったとしても、薬を飲み続けている限り「今は薬で症状が落ち着いているだけだろう。」と言われることになります。「あの人は精神疾患ではない」と言うことはかなり困難なものになります。
また精神疾患の診断がされると、社会的にも大きな影響があります。例えば、本人が差別を受ける可能性もあります(レッテルが貼られたり、スティグマを背負うことにもなったり)。また、例えば精神障害者手帳が発行されれば、なかなか一般的な職業に就くことは難しくなります。患者さん本人の人生も大きく変わることになるのです。
だからこそ、正確な診断が重要であり、症候学が重要なのです。
症候学を具体的に
大まかな分類と代表的な用語
「精神科医療従事者はその機能を分類して診る」わけですが、この機能分類はおよそ以下のようになされています(カッコ内はその異常な状態の用語)。(簡単なまとめは「精神疾患にかかわる人が最初に読む本」が分かりやすいです。)
- 意識(意識混濁・意識狭窄・意識変容)
- 見当識(見当識障害)
- 知能・記憶(記銘力障害・健忘)
- 知覚(錯覚・幻覚)
- 思考(思路障害・思考内容の異常)
- 気分・感情(うつ状態・情動麻痺)
- 意欲・行動(意欲減退・意欲亢進)
- 自我意識(離人症・解離)
診察で着目する順番
これら、症候について、着目する順番があります。一般的には以下の順番で着目していきます。
概観(外観)、意識、見当識、知能・記憶、知覚、思考、気分・感情、意欲・行動、自我意識、疎通性、病識・病感、希死念慮の順序が最もよさそうである。
テキストブック児童精神科臨床:詳細→医学部生が推薦する精神科関連書籍
この診る順番の根拠はテキストブック児童精神科臨床に記載の通りです。
ざっくり具体的に書いてしまうと、
- 「意識がない人に知能・記憶の検査をしても意味が無いよね(だって意識がないのに知能記憶の検査ができるわけ無いのだから)」
- 「気分・感情が不安定な人に意欲・行動について聞くときは相手の気分感情に配慮しながら話を聞かなくてはいけないよね(だって気分感情は意欲行動に大きく影響するんだから。気分感情を把握した上で、意欲行動の話を聞くべき)」
といったような話です。