子供は胎児の段階から五感を発達させ、外界の情報を手にしています。そして出生後には、その母親の母体環境・胎児環境が発達に強く影響していることが明らかになっています。
母の声・母語を判断し聞いている耳
一般的に「胎児期から赤ちゃんはお母さんの声を聞いている」などと言われますが、それは実際には正しいのです。そもそも、胎児の聴覚は、生まれる前から発達しています。
- 妊娠5~6週目に「耳」ができる
- 29週から31週にかけてほぼ完成(12週目ごろに中耳ができ、16週目頃に内耳と中耳が連絡、21週過ぎに外耳もできる。そこから神経が完全に作用するまで成長する)
つまり、胎児期から、外の世界の音を拾っていても何らおかしくないのです。「赤ちゃんに心臓の音を聞かせると、お腹の中にいたときのことを思い出してすやすや眠る(車の音はそれに近い)」といった話・体験談もよくありますが、それは的を得た話でしょう。
外から様々な声を聞かされたときの、胎児心拍の反応を見た実験があります(Fetal sensitivity to properties of maternal speech and language)。ここで以下の事実が明らかになりました。(この実験では妊娠33~41週の子供を対象にしています。)
- 母親の声を聞いているときに胎児心拍が上がる
- 父親の声・知らない女性の声を聞いていても胎児心拍は上がらない
- 外国語を聞いているときに胎児心拍が上がる
①の事実だけだと「女性の声」に反応していると言えますが、「②知らない女性の声を聞いていても胎児心拍は上がらない」ことから、「母親の声を明確に判断して聞いている」ということが分かります。
声は声帯の震えで発せられていますから、体の内部にもその音は響きます。胎児は、いつも母親の声をよく聞いているため。母親の声を認識できるのでしょう。そしてまた、母親の声を認識することで、生まれた後の声の認識に役立てているのでしょう。
また「③外国語を聞いているときに胎児心拍が上がる」というのも理にかなっています。子供は生まれてから「言語」を習得しますがその予習をお腹の中からしていると考えられます。「今まで聞いたことがない言語」が突然聞こえたら、そこに適応していかなければなりません。
母親の声を認識してより好むことは、多くの実験で示されています。
- Of human bonding: newborns prefer their mothers’ voices
- Newborn infants prefer the maternal low-pass filtered voice, but not the maternal whispered voice
赤ちゃんは、生まれる前から、自分の養育者になるであろう人(一番確率の高い母親)の声を認識しているのだと考えられます。
母親の食べ物を感じる味覚
赤ちゃんは羊水を飲んでいます。羊水の流れについては以下のようになっています。
- 妊娠初期は羊膜・胎児皮膚から産生される
- 以降、腎臓・肺で産生される(つまり羊水は胎児の尿)
- 羊水を口から飲み込んで、胎児は、肺成熟を促進したり、小腸で吸収する
この「羊水を飲む」という行為は、母乳を飲む運動の練習になっているともされています。(母親の胎盤のでっぱったところを吸う動きも確認されています。)
羊水に甘みのあるものを注入すると、胎児が飲むよう雨水量が増加したとの報告もあります。(Das trinkende Kind im Uterus)このようにして、胎児には、味覚も十分に備わっています。
羊水と母乳の両方には母親の食事に由来する分子が含まれています。つまり、食品の「味」については、子供がお腹の中にいる段階から始まっているのです。(Early Influences on the Development of Food Preferences)
お腹の中にいたとき(もしくは母乳)の影響は生後まもなくの乳幼児に影響します。乳幼児は主に、甘い物を好み、苦い者を嫌いますが、これは生物学的には正しいです。
- 甘い物=カロリーやタンパク質を多く含む食品への欲求
- 苦い者=毒のありそうなものの忌避
母親が食べているものを、胎児期から学習し、「母親が食べてる=安全」と判断して食べているのでしょう。
母親のストレスが子供に伝わる
母親の感じたストレスや低栄養が胎児に影響を与えるという考えもあります。そして胎児期の環境が成人期までの心身の健康に影響すると考えられています。有名な仮説としてDOHaD仮説があります。
DOHaD とはDevelopmental Origins of Health and Diseaseの略であり、「将来の健康や特定の病気へのかかりやすさは、胎児期や生後早期の環境の影響を強く受けて決定される」という概念です。
DOHaDとは
DOHaD仮説では、「発達過程(胎児期や生後早期)における様々な環境によりその後の環境を予測した適応反応(predictive adaptive response)が起こり、そのおりの環境とその後の環境との適合の程度が将来の疾病リスクに関与する」
この考えの最たる例がCohort Profile: The Dutch Hunger Winter Families Studyという研究です。これは第二次世界大戦中のオランダで飢饉を経験した妊婦の調査です。世界大戦中、一時的にご飯食べられなかった妊婦さんがいました。その子供への影響を調べたのです。
- 短期的影響:新生児の出生体重現象
- 長期的影響:肥満や統合失調症の高いリスク状態になった
母親が飢餓状態にあることで、母体内の子供は「今は飢餓状態だ。エネルギーを効率よく使える・蓄えられる体になろう」とするわけです。しかし、今回の場合については、飢餓状態は一時的な者だったので、子供の出生後は、栄養が十分な時代です。不必要なまでに栄養を摂取したため、肥満になったとされています。
同様のことは、精神面・精神発達面についても言われています。妊娠中の母親のストレスと子供が7歳児の問題行動の関連しているといわれています(Maternal cortisol over the course of pregnancy and subsequent child amygdala and hippocampus volumes and affective problems)。「母親の周辺はストレスフルな環境である」と胎児が認識することで、生まれた後、問題行動を起こす(道徳から外れる)ことで生き延びようとしていたのかもしれません。
子供の問題行動の原因は、常にその瞬間の子育てにあるわけではなく、胎児期の環境(母親の置かれていた環境)まで遡って、大きな視点で見る必要があると考えられます。