- 救急隊員「薬物中毒と思われる、意識障害の患者です!今から病院に救急搬送されます。」
- 家族「彼はうつ病でね、倒れていた横に薬のカラ瓶が置いてあったのよ。」
このような「薬物中毒疑い」の「意識障害」にどうアプローチするべきか、まとめました。
意識障害の定義と分類
意識清明vs意識障害
「意識障害」という単語を理解するには、その対義語にあたる「意識清明」と比較しながら学ぶと分かりやすいです。
覚醒している状態で、さらに自分自身と周り(周囲・外界)を認識できていることを意識清明といいます。意識障害とは、意識が清明ではない状態のことを示し、覚醒度あるいは自分自身と周りの認識のいずれかが障害されていることを指します。
意識障害・失神
つまり、「意識がある」というと、以下の二つが成立していることを指します。
- 覚醒:上行性網様体賦活系、主に脳幹の機能
- 「自分」と「周囲」の認識:両側の広範な大脳皮質の機能
「脳幹」と「大脳皮質」が十分に機能していることを「意識がある」というのです。逆にこれらの機能が損なわれていることを「意識障害」と言います。
意識障害の分類
この「意識障害」ですが、その「原因」と「様態・程度」で分類されます。
原因による分類
- 一次性:脳(脳実質、脳血管)が原因。
- 二次性:脳以外の原因。
様態・程度による分類
意識障害はその様態・程度によっても、分類されます。まず、意識の晴明度が低下することを以下の表現で表します。
- 一過性:失神(こちらは意識障害ではなく「意識消失」という)
- 持続性:傾眠・昏迷・半昏睡・昏睡(左から順に重傷)
また、認知や思考のゆがみを「せん妄」「錯覚」「幻覚」「朦朧」と言った言葉で表現します。(用語の詳細については→「精神疾患にかかわる人が最初に読む本」)
「薬物中毒疑い」の意識障害の診断について
では、最初の例のように「明らかに薬物中毒くさい」と思われる、意識障害患者が病院に来た場合はどうすれば良いでしょうか?
まずはバイタル安定!ABC!
まずは、基本に忠実に、意識障害患者を診たら、バイタルを安定化させることが重要です。
- A air way気道確保
- B breathing人工呼吸
- C circulation循環
これらを安定化することが重要です。
「薬物中毒!」と断定は難しい
バイタルが安定したら、次に、その意識障害の「原因を探る」わけですが、ここですぐに「薬物中毒の対応をしよう」としてはいけません。
- 救急隊員が「薬物中毒じゃないか」と疑っている
- 患者の家族も、薬物中毒を疑っている
- 患者が見つかった状況的にも薬物中毒が疑わしい
このような状況でも尚、「薬物中毒以外の原因」を疑う必要があります。なぜなら「意識障害の理由が薬物にある」とは必ずしも言えないからです。
- そもそも薬物のカラ瓶が近くにおいてあっただけかも
- 薬物服用後に倒れて、脳に障害が出たのかも
「薬物中毒が疑わしい」からといってその治療ばかり進めたときに、もし間違っていたら大変です。まずは、幅広くあらゆる原因を考える必要があります。(「薬物中毒」と断定するときは、唯一「目の前で大量に服薬されたとき」のみでしょう。)
基本からスタートAIUEOTIPS
「意識障害」といえば、その鑑別はAIUEOTIPSでしょう
- A Alcohol (急性アルコール中毒)
- I Insulin (低血糖、DKA、HHS)
- U Uremia (尿毒症)
- E Encephalopathy (脳症)・Electrolytes (電解質異常)・Endocrine (内分泌)
- O Oxygen (低酸素、CO中毒、シアン中毒) Overdose (薬物中毒)
- T Trauma(頭部外傷)Temperature (低体温・高体温)
- I Infection(脳炎・髄膜炎など)
- P Psychiatric(精神疾患)Porphyria(ポルフィリア)
- S Stroke/SAH Seizure(痙攣)Shock(ショック)
このなかで真っ先に調べるのが、以下の二つになります。
- A:Alcohol
- I:Insulin
この2つを真っ先に除外しにかかることには理由があります。
- ビタミンB1欠乏・低血糖発作は急を要する
- 血糖はすぐ測定ができる
- ビタミンB1が不足すると血糖値が下がる(ビタミンB1は、糖代謝酵素の補酵素となって糖の代謝に関与し、糖代謝に大きな役割を果たす)
このような理由から「真っ先に」除外できてしまいます。(簡便に調べられる割に、緊急を要するため、真っ先に調べて良いです。)
原因探索を進める
- 情報収集:AMPLE,病歴
- 一般血液検査(血球検査、生化学、アンモニア)
- 血ガス
- バイタルサイン
- 心電図
- 胸部X線
などの測定・検査を進めます。脳疾患も否定できない場合は、頭部CT等も注意して行なう(日本では意識障害の2/3が脳血管障害に起因する)。
薬物服用の痕跡とともに倒れていた人は、薬物服用後に頭部を打ち付けている可能性も高く、「意識障害の理由は頭部にあった」ということもある。脳の障害は見逃してはいけない典型例となる。
除外していきやっと「薬物中毒」と診断
- 神経症状がない
- 発熱(Infection感染症:中枢神経系感染症や敗血症・髄膜炎・脳炎)→腰椎穿刺・血培で否定
- 電解質異常、内分泌疾患なども否定
とあらゆる可能性を否定した末に、Psychiatric(精神疾患)とOverdose (薬物中毒)に絞られていきます。(実際は、病歴聴取から早い段階で、薬物中毒を粘投にしていくが)
繰り返しになりますが、薬物中毒はそれを疑うことは簡単ですが、「絶対に薬物中毒が原因である」と断定するのはかなり難しいです。また、いざ「意識障害の原因が薬物中毒である」と分かっても、そこからが難しいです。
- じゃあ、何の薬物が原因になるの?
- 治療法はどうするの?
薬物の種類の同定
薬物の種類を同定するのに主な手段は以下になります。
- Toxidrome:中毒で生じた症状/徴候を同定
- 検査値:アニオンギャップ・浸透圧・サチュレーション
- トライエージ
それぞれについて見ていきます。(ただ、薬剤が同定されなくても、ある程度の治療はできます。)
Toxidrome
Toxidromeとは中毒で生じた症状・徴候から薬物を推定することです。「症状」から推定することは、医療の原点でアリ、最も重要です。
様々な分類がなされていますが、上の図のタイプが一番分かりやすく感じます。
トキシドロームはかなり分かりやすく、使いやすそうですが欠点もあります。それは「必ずしも全ての症状が教科書通りに出るわけではない」ということです。(後述する他の薬物推定も同様ですが)マニュアル通りにことが進まないことは、往々にしてあります。
検査値
アニオンギャップ
アニオンギャップが開大している場合、薬剤が絞れたりします。例えばメタノールやアスピリンによってAGは開大します。
浸透圧
浸透圧がが開大するものとしては、エタノール・メタノール・エチレングリコール・マンニトール・グリセロールなどがあります。
サチュレーション
一酸化炭素中毒とメトヘモグロビン血症の場合、SaO₂とSpO₂が乖離します。
トライエージ
トライエージは簡単に言えば「薬物尿検査」です。8種類の薬物(ベンゾジアゼピン・コカイン・覚せい剤・大麻・バルビツール・モルヒネ・フェンシクリジン・三環系抗うつ薬)を10分程度で検出します。ただ、以下二つの欠点があります。
- 定性的な判断はできても、定量的な判断はできない:大量に服薬したのか、少量なのか分からない(常用薬程度の服薬でも陽性になりうる)
- 偽陽性・偽陰性が普通にある
以上のような指標を併せて、原因薬物の同定を行ないます。
治療
薬剤同定について長々と書きましたが、原因薬剤がいつだって同定できるわけではありません。薬原因剤が分からない場合でも、ある程度の治療は必要になります。治療の基本は以下の4つになります。
- バイタルの安定(ABC)
- 薬物が吸収されるのを阻害する
- 薬物の排出を促進する
- 拮抗薬があれば用いる
バイタルの安定(ABC)
基本。今更言うに及ばず。
薬物が吸収されるのを阻害する
薬物が体に吸収されるのを防ぐ手段としては、「胃洗浄」「活性炭」があります。
胃洗浄
胃洗浄は、できる場合がかなり限られた物になります。
毒物を経口的に摂取
- 大量服毒の疑いか、毒性が高いとき
- 胃内に多く残留していると推定されるとき(摂取後1時間以内)
逆に禁忌の場合も多いです。
- 意識低下時(特に挿管していないと、誤嚥性肺炎など)
- 食道穿孔(食道の穴から漏れる・・・)
- 石油製品,有機溶剤(揮発して逆に吸収しやすくなる)
- 強酸,強アルカリ(胃洗浄の液体が食道を傷つける)
- 胃切除などの処置後(胃に圧力かけられない)
活性炭
活性炭は胃洗浄よりは行ないやすいですが、やはり時間的な制限があります。
- 薬物摂取後1時間以内のみ
- アルコール・酸・アルカリ・灯油・ガソリン以外の多くを吸着する
薬物の排出を促進する
- 尿をアルカリ化することで、薬物が排泄されやすくなることが知られています。
- また、血液浄化療法で、薬物排泄は促進されます。
拮抗薬
薬物の同定がなされて、かつ拮抗薬が存在するときは、拮抗薬の投与を行ないます。
薬物中毒について、(警察に)通報するべき?
薬物中毒の患者さんが、救急できたとき、その薬物が禁止薬物であることもあり得ます。この場合、通報するべきなのでしょうか?それとも、患者の守秘義務を守るべきなのでしょうか?ここの対応については「薬物によって異なる」というのが正解です。
薬物 | 対応 | 法律 |
麻薬・アヘン・大麻 | 医師は都道府県知事に対し届出 | 麻薬及び向精神薬取締法 |
シンナー・覚せい剤 | 守秘義務優先 |
「シンナー・覚醒剤は届けなくて良いのはおかしいじゃないか」と思われるかもしれません。ですが例えば、シンナーは有機溶剤として仕事現場で暴露されている人が普通にいます(薬物中毒じゃなくても、シンナーが体から検出されることがあります)。そのため、シンナー等は届け出る必要が無いのです。